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2015年5月21日木曜日

浅田真央、復帰の理由! 会見の全文  …など





浅田真央、復帰の理由 

背中押したのは伊藤みどり 会見の全文






現役復帰を表明したフィギュアスケートの浅田真央選手(24)。
約1年間の休業生活で、引退か続行か悩み続けた末に出した結論でした。
なぜ浅田選手はアイスリンクに戻ったのか。
18日の記者会見の全文をお伝えします。






「久しぶりで楽しみ」
 今日は本来、(7月22日から全国各地で始まるアイスショー)「ザ・アイス」の会見ですので、そちらをメーンに質問してくれたらいいなと思っています。

 しかし、先日、私の進退に関する報道が出てしまったので、答えられる範囲内で答えていこうと思っています。多くの方がリンクや先生に質問などを聞きに来てしまって、ご迷惑がかかってしまったので、きょうここで私がお答えしたいなと思っています。

 そして、今思っていることは今日ブログで発表したことなので、そちらを参考にして頂けたらうれしいなと思います。

(アイスショーの構成は?)
 今年で9回目になりますが、ソロも新しいプログラムになりますし、今年はグループナンバーとして、ロシェット選手とコストナー選手との3人のプログラムを作っていきたいと思いますので、そちらも見どころだと思います。私が今まで滑った曲から、見に来て下さった方に投票してもらって、リクエストに応えて滑るという企画も準備しています。

(ショーがスタートする札幌に向けては)
 札幌で滑るのも久しぶりなので楽しみにしています。仙台は去年伺ってお話ししたときに、「来年もぜひ見に来て下さい」とお伝えしていたので、できるのはすごくうれしいです。

(ショーの一番の見どころは。ソロのプログラムは)
 新しいプログラムも見どころですが、世界からトップスケーターが集まる。一人ひとりが魅力のあるスケーターなので、私自身も楽しみです。私のプログラムは特に決まっていませんが、カナダで振り付けの先生と相談したいです。
「やっぱり自分はスケートが欠かせない」
(現在の心境は)
 休養宣言してから、1年間休養してきましたが、自然と試合が恋しくなり、試合でよい演技ができた時の達成感をまた感じたいなと思い始めたのも一つの理由です。それだけが理由ではないですが、今は試合に出場できる状態にもっていくために毎日練習しています。

(気持ちにどのような変化があったのか。試合に戻った場合にどう考えているのか)
 3月に先生のところに相談に行って、5月から先生と共に練習を始めています。

 ソチ五輪、世界選手権が終わってからというのは、(それまで)最後の1年にしようと思って頑張ってきましたので、やりきった気持ちが大きく、スケートをまたやりたいなと思うことはなかったんですけど、時が経つにつれて、スケートをしない生活が長かったんですけど、スケートを滑ったときに、やっぱり自分はスケートが欠かせないと思うようになってきました。

 練習を重ねる内に、自分は試合に出たいのかなと思い始めてきました。




「100%復帰するつもり」
(2018年の平昌五輪については)
 現時点でも今季スタートして練習していますが、うまくいけば(五輪に先だってある)試合に出られるかもしれないし、出られないこともある。今の時点で五輪は考えていなくて、自分が思っている目標に向かってやっています。

(ソチ五輪の後もファンが浅田選手にメッセージを寄せた。それらは決断に影響したか。目標は自分の演技をしたいということなのか)
 ファンの方にはたくさん手紙を頂いて、私自身も本当にたくさんの人に応援してもらっていると、あらためて感じました。

 人それぞれ、「まだできるよ」という方も「もういいんじゃないの」という方もいました。最終的には自分が決めることなので、やりたいという気持ちが出てきたから、こうして試合に向けて練習を再開しました。

 今の目標としては去年の世界選手権のレベルに最低でももって行かなければ、試合に復帰できないと思うので、そのレベルまで戻すのが今の目標です。

(去年の会見では、復帰の見込みを「ハーフハーフ」とおっしゃっていた。バランスが急に変わったのかなぜか)
 今こうして決断をして、試合をしている気持ちは変わりはなく、100%復帰するつもりでやっています。でも、そこにいくまでに、50%50%になったり90%10%になったり。いろいろできるんじゃないかな、できないんじゃないかな、というのを繰り返してきました。今は持っている目標に向かってやっています。

(復帰する方が割合が低かった時期もあったか)
 そうですね。ソチが終わったシーズンは辞める方の気持ちが強かった。今はそんな気持ちはないです。

(最大の決断の決め手は)
 多くの方から色々な言葉を頂いて、すごくうれしかったですし、いろいろと考えることがあった。一つというのはなかなかお答えできないです。一つの目標を達成するには強い気持ちがなければいけない。最終的には自分が決めたことなので、責任を持ってやっていきたいです。





伊藤みどりの言葉「やりたいと思うなら」

(現在24歳。平昌五輪がある3年後は27歳になる)
 いろいろな思いがありますが、今は自分に期待しながら練習しています。自分の気持ちとしては復帰を目指してやっているけど、「この先何があるか分からない」というのはコーチにも言われています。ハーフハーフではないけど、気持ちは変わったと思うけど、自分としてはもう大丈夫かなと。今は目標に突き進んでいます。自分の気持ちとしては決まっています。

(復帰戦はいつか)
 練習に入ったばかりなので分からないです。

(GPシリーズについては)
 試合については何も決まっていません。昨シーズンのレベルに持っていくことを目指して頑張っています。

(スケーティングに関して、伊藤みどりさんのどんな言葉が背中を押したのか)
 みどりさんと対談させてもらいました。印象に残っている言葉が二つあって、一つは「継続は力なり」という言葉。もう一つは「自分が後悔しないように決断して欲しい。自分がやりたいと思ってもできないときがある。やりたいと思ったらやった方がいい」とアドバイスをもらいました。

(被災地を訪問した経験は現役続行に影響したか)
 去年、今年とあまり経験したことのないスケートレッスンをやらせてもらいました。子どもたちも私と滑ることで喜んでもらえたようですし、東北に行ったとき、多くの人に「五輪や世界選手権を見てパワーをもらえたよ」と言ってもらえたのがうれしかったです。

フィギュアスケート選手として活躍した伊藤みどりさん。1992年のアルベールビル五輪女子シングルで銀メダル、1989年の世界選手権で優勝、全日本選手権8連覇など偉業を残した=2005年撮影

「試合がなくても、スケートとつながってきた」
(休養前は、トリプルアクセルに自分にしか飛べないこだわりをもっていた)
 私は今までトリプルアクセルが飛べることを強みにしてきました。今の時代、ジャンプのレベルがすごく上がっています。私も追いつけるように練習しているけど、それだけではなくて、いま24歳でスケート界の中ではベテランに入ってきています。

 ジャンプの技術を落とさないことも目標ですが、それだけではなく、大人な滑りができればいい。自分の滑りをみてもらいたいです。

(練習を再開したが、この1年、引退か続けるか、弱い気持ちと強い気持ちの度合いはどうだったか)
 休養中1年間はできるできないの繰り返しでした。先のことは誰にも、自分にも分かりません。時の流れに身を任せて生活してきました。スケートから離れたいなと思ったときも、数日後にショーやスケート教室があって、スケートから離れる日はなかったので、何も考えることなく、試合にはでていなかったけど、スケートとつながってきました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150519-00000002-withnews-spo&p=3

withnews
 5月19日(火)12時32分配信



THE ICE:浅田真央 / Mao Asada ~ THE ICE 2014
出典:YouTube












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浅田真央 現役続行への思い


5月19日 15時50分






フィギュアスケートで1年間競技を休養していた浅田真央選手が都内で会見し、現役を続けることを明らかにしました。
休養を表明して以来、復帰するか引退するかの可能性について「ハーフハーフです」と話し、その決断が注目されてきた浅田選手。どのような思いで現役を続けることを決めたのか、スポーツニュース部の今井美佐子記者が解説します。

ソチ五輪後の休養宣言

浅田選手は「集大成」として臨んだ去年2月のソチオリンピックで6位に終わり、そのシーズン終了後の去年5月、「自分の体と気持ちを少し休めたい」と述べて1年間の休養を表明しました。
休養の間、復帰するか引退するか、その可能性を尋ねられると「ハーフハーフです」と独特の表現で答え、スポーツ界を代表する人気者の去就は常に注目を浴びていました。

揺れ動いた気持ちから 100%へ

この間、浅田選手の気持ちは大きく揺れ動いていたと言います。浅田選手は会見で、「シーズンが終わったあとは、スケートを辞める気持ちが強かった。それが50%・50%になったり90%・10%になったりすることを繰り返してきた」と明かしました。
浅田選手は休養期間中、大学に通ったり旅行に行ったりするなど、これまで時間を割けなかったスケート以外の経験に積極的に取り組んできました。
ことし2月には東日本大震災の被災地を訪れ、被災した人たちと交流を深めました。
それでも、常に浅田選手のそばにあったのが、スケートでした。浅田選手は「大会には出ていなくても、アイスショーやスケート教室があり、ずっとスケートとつながっていた。自然と試合が恋しくなり、『よい演技ができたときの達成感を感じたい、試合に出たい』と思い始めた」と語りました。
日常を過ごすなかで、現役を続けたい気持ちが固まったのです。
そして今、「決断したからには、100%復帰するつもりで練習している。自分が決めたことなので責任を持ってやりたい」と、強い覚悟を示しました。

簡単ではない完全復活への道

浅田選手は、次に目標とする大会について「今はまだ分からない。去年の世界選手権のころのレベルまで戻さないと復帰できないと思う」と述べ、現時点で明言しませんでした。
浅田選手が慎重にことばを選んだ背景には、1年間のブランクや24歳という年齢、さらに国内外での若手選手の急成長があります。
今月から練習を再開した浅田選手を指導する佐藤信夫コーチは、「ジャンプの出来は1年前とあまり変わらないが、休養の影響によるスタミナ不足によって調子が崩れるかもしれない。さらに一定の年齢を超えるとけがをしやすくなる」と述べ、技術に対して一定の評価をしながらも、スタミナの向上や体調の管理が今後の課題になると指摘しました。
また、トリノオリンピック金メダリストの荒川静香さんとアルベールビルオリンピック銀メダリストの伊藤みどりさんは、いずれも「大会へのモチベーションをどう持っていくか」といった精神面の課題を挙げています。
さらに、フィギュアスケートの女子シングルでは、ロシアの18歳、エリザベータ・トゥクタミシェワ選手が浅田選手が得意とする大技、3回転半ジャンプ・トリプルアクセルを成功させるなど、ロシア勢を中心に若手選手が台頭しています。日本でも世界選手権2位の17歳、宮原知子選手をはじめ、10代の選手が急成長し、厳しい戦いが待ち受けています。

「真央らしさ」で挑む

浅田選手は「世界のジャンプのレベルが上がっているので、追いつけるように練習している」と、競技に戻る難しさを自覚しています。そのうえで、「私は今、24歳で、フィギュアスケート界ではベテランの域に入ってくる。ジャンプの技術やレベルを下げないことは大事だが、大人な滑り、自分の滑りを見てもらいたい」と話し、これまでさまざまな場面で口にしてきた「真央らしさ」を前面に出し完全復活を目指すつもりです。

3年後のピョンチャン五輪は?

関係者の誰もが「負けず嫌い」で「がんこ」だと評する浅田選手。100%復帰するつもりと決めたことしのシーズンが始まるころには、周りを驚かせるような演技を披露しているかもしれません。
そして来年、再来年と1年ずつ努力を積み重ねた結果、3年後のピョンチャンオリンピックを見据えている可能性があります。
浅田選手はそのオリンピックについて尋ねられると、「今は考えていない。自分に期待しながら練習していきたい」と笑顔を浮かべていました。
「ハーフハーフ」から「100%」へ。1年間の休養で“大人になった”浅田真央選手の今後から、目が離せません。


http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2015_0519.html












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